なんのために 生まれて なにをして 生きるのか
正義とはなにか。絶対的な正義なんてないし、正義はある日逆転する。正義のためには悪人がいなくちゃいけないし、悪人の中にも正義がある。正義を生きるのは大変だけれども、その中で僕たちが目指すべき正義とはー。私たちの絶対的なヒーロー「アンパンマン」の作者が作中に込めた正義への熱い思い!やなせたかし (2013) 『わたしが正義について語るなら』裏表紙 ポプラ社
今回紹介するのは、『わたしが正義について語るなら』。
著者はやなせたかしさんで、2013年にポプラ社より発売されました。
【どんな本?】
筆者の「正義」観がどのように形成されたのか、詩やマンガなどの作品にどんな思いを込めているのか。自身の生い立ちから遡って語った本。
【こんな人にオススメ】
・生きる意味を見出せない人
・何をやっても上手くいかないと感じている人
・正義という言葉に違和感を感じる人
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『わたしが正義について語るなら』のあらすじ、内容
戦争を経験した筆者は、飢えが何よりも苦しいことだと知りました。
そして同時に痛感したのは、人々が掲げている正義という概念のもろさとあやふやさ。
ある日突然に正義と悪がひっくり返ったり、悪の中にも正義があることを肌で感じたそうです。
本書は筆者の「正義」がどのように形成されたのか、詩やマンガなどの作品にどんな思いを込めているのか。
筆者自身の生い立ちから遡って、自伝的に語られていきます。
何をやっても上手くいかず、劣等感に悩まされた少年時代。
マンガの仕事がなく、便利屋として様々な仕事に取り組んでいた青春時代。
そうして見つけた強みや自分なりのスタイルでたどり着いた現在。
なんのために 生まれて なにをして 生きるのか
「アンパンマンのマーチ」は、人々に問いかけると同時に、筆者自身へのテーマソングにもなっていたのです。
『わたしが正義について語るなら』で印象に残った箇所
『わたしが正義について語るなら』で印象に残った箇所は3つあります。
①逆転しない正義は献身と愛
②劣等感が強みに逆転した
③運、才能、努力
順に詳しく解説していきましょう。
①逆転しない正義は献身と愛
正義はある日突然逆転する。
逆転しない正義は献身と愛です。
それは言葉としては難しいかもしれないけれど、例えばもしも目の前で飢えている人がいれば一切れのパンを差し出すこと。それは戦争から戻った後、ぼくの基本的な考えの中心になりました。(やなせ 2013: 21)
正義について曖昧に答えたり、人それぞれに正義がある、といった答え方をするのは簡単です。
しかし、筆者は正義が曖昧で人それぞれ正義を持っていることを前提としたうえで、「自分はこう思う」と述べています。
それは時代や状況によってひっくり返ることのない献身と愛。
目の前に飢えた人がいればパンを差し出せるような優しさだそうです。
そんな優しさを持ったヒーローといえば……。
②劣等感が強みに逆転した
ただそういうものは、マンガを書いたりするのにはある程度役に立つんですね。劣等生の気持ちがよく分かるんです。例えば東大をトップで出た人間には分からないかもしれない。相手がどうしてこんなに簡単なことが分からないのか分からない。世の中のトップに立っている人は弱者のことは分からない。でもぼくは谷間を這いずり回っていたから、そういうことは分かります。(やなせ 2013: 42)
手先が不器用で運動が苦手、勉強や絵でも一番にはなれない。
幼い頃から強い劣等感を抱いてきた筆者は、漫画家の道を歩むようになってからも、天才たちに打ちのめされ続けたそうです。
しかし、そんな劣等感は「弱者への共感」という形で強みに変わりました。
長い目で見た時に無駄な経験はないと思えるような話です。
(無駄な経験にしないための努力、継続が必要ということも述べています)
③運、才能、努力
一つは運、一つは才能、一つは努力。だから一つの運に恵まれないとやっぱりダメなんです。運をつかむためには本人が努力してなくちゃいけないということです。(やなせ 2013: 139)
筆者は「努力すれば夢は叶う」なんて綺麗事は言いません。
才能があっても、努力をしても、運に恵まれないと成功できないというのは、厳しくもリアルな話です。
才能がないならないなりに、色んなことにチャレンジすること。
努力を続けていれば自分なりのメソッドが出来上がるということ。
いざ運が転がり込んできても、どちらかが欠けていたら運をつかむことはできないのです。
『わたしが正義について語るなら』の感想
①自伝的側面が強い
やなせたかしさんと言えば、やはりアンパンマン。
アンパンマンには筆者が培ってきた経験や気づき、正義への考え方などが込められているそうです。
つまり、アンパンマンがどうやって出来たのかを知ることが、そのまま筆者の価値観がどう作られたのかを知ることにもなるのです。
その意味で本書は、正義についてのエッセイというよりは、自伝的な側面の方が強いように感じました。
②やなせたかしはオリジナルな人
自分の才能というのは、いろいろやっているうちにヒュッと、これかなぁというのが分かるものです。非常に早く自分の才能に気がつく人もいるし、ぼくみたいに遅い人もいる。(やなせ 2013: 129-130)
本書を読んでいて一番驚いたのは、筆者の経歴が『ORIGINALS』で挙げられていたオリジナルな人にそっくり共通していたからです。
・大量生産が良質なアイディアが生む…大量の詩や絵本、その他の漫画、仕事など
・「幅広い経験」×「深い経験」が創造性を加速させる…青春時代に様々な仕事に取り組んだ経験
・偉大な発明や作品は若さの特権ではない…50を過ぎてからアンパンマンで空前のメガヒット
『ORIGINALS』の分類に当てはめるなら、筆者は様々な経験と試行錯誤の組み合わせで偉大な作品を作る「実験的イノベーション」タイプになると思います。

③松尾芭蕉との共通点
この世界は”虚仮の一念„と言って、そのことばっかりやっていればなんとかはなるものです。(やなせ 2013: 133)
筆者は色んなことにチャレンジすることをすすめつつ、一つのことをやり続けることの大切さも説いています。
それらは決して両立できないことではなく、漫画家になりたい人が漫画だけ読んでいてもだめだと例に挙げています。
また、自らを非才と認めながらも自分はこれが好きだという一筋の情熱は、芭蕉の言葉に重ねることができます。
たどりなき風雲に身をせめ、花鳥に情を労して、暫く生涯のはかり事とさへなれば、終に無能無才にして、此一筋につながる
藤田真一 (2021) 『俳句のきた道 芭蕉・蕪村・一茶』79 岩波書店
言葉の意味は「あてもない旅に出て苦労を重ね、花や鳥を詠むことに苦心し、一時のつもりが生涯の営みになって、無能無才ながらも俳諧の道に繋がった」。

まとめ
やなせさんの文章は非常に読みやすく、難しい表現は一切使われていません。
それでいて、本質を突いた鋭いメッセージ性があり、これは詩や絵本にも同じことが言えます。
誰にでも理解できて、誰もが考え込んでしまうような問題を提起する。
だからこそ、やなせさんの作品は長く愛されるのでしょう。
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