病気や飢餓などのリスクを克服し、人類はかつてないほど快適に生きられるようになった。だが、うつや不安障害は増加の一途……孤独にデジタル社会が拍車をかけて、現代人のメンタルは今や史上最悪と言っていい。なぜ、いまだに人は「不安」から逃れられないのか?幸福感を感じるには?精神科医である著者が最新研究から明らかにする心と脳の仕組み、強い味方にもなる「ストレス」と付き合うための「脳の処方箋」。
アンデシュ・ハンセン(2022)『ストレス脳』(久山葉子 訳)カバー袖 新潮社
今回紹介するのは『ストレス脳』。
著者はアンデシュ・ハンセンさん、2022年に久山葉子さんの翻訳で新潮社より発売されました。
【どんな本?】
精神的な不調がなぜ起こるのかを解説しながら、どう向き合っていったらよいかを述べた本
【こんな人にオススメ】
・不安、恐怖、緊張に苛まれやすい人
・辛い記憶のトラウマがある人
・心身の健康を保ちたい人
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『ストレス脳』のあらすじ、内容
我々は人類史上最高にぜいたくで豊かな暮らしをしています。
それにも関わらず、不安やうつ病に苦しむ人が減っていないのはなぜでしょうか。
その原因として考えられるのは、人の脳が狩猟採集時代から変化していないからです。
人の脳は幸福や健康でいるためでなく、とにかく生き延びて子孫を残すために進化しました。
そのため、不安や緊張といったストレス感情は、起こりうる危険を予測して発生する防御メカニズムとして、誰にでも備わっているのです。
現代のライフスタイルや社会に存在する様々な刺激は、この防御メカニズムを誤作動させ続けます。
そして長期的なストレスが人をうつ状態にして、心身を蝕んでいきます。
不安やうつに対する対抗策は大きく分けて3つ存在します。
一つは、脳の仕組みを知ること、学ぶこと。
自分の脳で何が起こっているのか、なぜそうなるのかを知るだけでも不安は軽減されます。
もう一つは、運動すること。
2020年のメタ・メタ分析により、運動の持つ抗うつ効果は決定的なものとなりました。
もう一つは、人と触れ合うこと。
孤独はうつのリスクを高めるだけでなく、身体の病気のリスクも上げてしまいます。
それを防ぐためには、SNSなどのデジタルな交流でなく、肌で触れ合う実際の交流が大切です。
『ストレス脳』で印象に残った箇所
『ストレス脳』で印象に残った箇所は3つあります。
①脳は生き延びるために必要だと思った記憶を保存する
②運動はほぼあらゆる種類の不安に効く
③幸せを無視することが幸せへの近道
順に詳しく解説していきます。
①脳は生き延びるために必要だと思った記憶を保存する
あなたにも時々思い出すような辛い記憶があるかもしれない。それも脳が、同じことが起きないようあなたを守ろうとしているのだ。時々再体験させることで、前回どのように対処したのかを思い出させる。思い出すことで精神状態が悪くなったとしても、脳にしてみればたいしたことではない。脳は生き延びるために進化したのであって、幸福を感じるためではないのだから。(久山 2022: 62)
手痛い失敗や深く傷ついた時の記憶を忘れられないばかりか、定期的に思い出してしまう。
そんな地獄のような経験を、誰もが一度はしたことがあると思います。
かくいう自分もトラウマをたくさん持っています。
忘れたと思っていた記憶を突然思い出したり、近い状況や環境にいる時にジワジワと蘇ってきたり…。
そんな時には壁を殴りつけたり、頭突きをしたくなったり、その場に転げまわりたくなったり、穴があれば入りたくなったり、散々な気分になってしまいます。
そのため本書で紹介されていたトラウマの脅威を減らす具体的な方法(後述)は、特に印象に残りました。
②運動はほぼあらゆる種類の不安に効く
ここ10年、運動によってうつを治療する研究が多数行われてきた。私が一番驚き、かつ最も重要だと思うのは、うつの予防、つまり運動でうつになるリスクを下げられるという研究結果だ。(久山 2022: 163)
適度な運動が気分転換になるのは、なんとなく昔から言われてきたことです。
しかし、運動がメンタルにいいと分かっていても、メンタルを病んでいる時は運動する気が起きないことが問題だと思います。
普段から運動する習慣を作っておく。
強引にでも運動に連れ出してくれるような人間関係を築いておく。
うつ状態になってからでは遅いと考えると、できる対策はこの辺りでしょうか。
ちなみに、運動が心身の健康だけでなく、あらゆる認知機能の向上にも効果があることは『最強脳』で詳しく解説されています。

③幸せを無視することが幸せへの近道
私たちは「隣の人より多い」のを好むのだ。つまり自分がどのくらい幸せかは、周りの人の状態による。あなたもきっと自分のアウディを自慢に思っていたはずだ。 ー お隣さんが玄関前にテスラの新車を停めるまでは。(久山 2022: 235-236)
脳は期待と経験を比較して幸せを判断しているそうです。
つまり、自分の周囲を基準にしてこうありたい(期待)と考え、実際の自分はどうだ?(経験)と判断してしまうのです。
そう考えると、「幸せ」は「比較」と言い換えることができそうですよね。
広告が見せる幸せのイメージ、SNSに飛び交う幸せそうな写真の数々。
現代には幸せの基準を狂わせたり、際限なく高めてしまう刺激が非常に多くあります。
上限のない比較に苦しむよりも、自分自身を知ることが本当の幸せへの近道なのかもしれません。

『ストレス脳』の感想
①内容は過去作と似ている
人の脳は狩猟採集時代から変化していない。
不安やうつは身の安全を守るための防御システム。
運動が最強の対策などなど。
本書で語られている内容の多くは、著者の過去作で語られていることです。
不安やうつなどのストレスについてより深掘りした内容にはなっていますが、過去作を読んでいる人であれば少し物足りないと感じるかもしれません。
②時には悩むことも必要
著者は学生時代に「本当に自分がやりたいこと」について深刻に悩んでいたそうです。
そんな自身の経験と、精神科医になってから多くの人を見る中で、人は重要な決断をする時に精神状態が悪くなることに気づいたそうです。
続けて、それは良い結果を得るために必要な反応らしいという説明がありますが、個人的には悩み苦しむことが自然な反応だと分かったことに救いを感じました。
精神状態が悪くなることは可能な限り避けたいですが、「あってはいけないもの」と忌避するものでもないようです。
筋肉の成長に「負荷(ストレス)」が必要だったり、ベストなパフォーマンスを発揮するために「緊張感」が必要なのと同じ。
物事を深く考えるには「憂鬱」という適度な苦しみが必要なのでしょう。
そんなの憶測だと思うだろうか。しかしあなたも、気分が落ち込んで家に閉じこもったものの、あとになって考えるとそれが貴重な時間だったという経験はないだろうか。長い間気がかりだったことの答えが出たかもしれないし、何らかの学びがあったかけがえのない時間だったかもしれない。あなたにもそんな時期があったかもしれないし、なかったかもしれない。実際は健全な反応であっても、必ずしも健全に見えるとは限らないのだから。(久山 2022: 117)
③トラウマとの向き合い方が役立ちそう
同じ失敗をしないように記憶を保存して思い出させる。
これが脳の防衛反応だということは理解できましたが、実際には記憶が蘇って余計に委縮、緊張、不安状態に陥ってしまうケースが多いと思います。
そうして再びストレスを感じることで、記憶はより強く定着してしまう。
忘れよう、治そうにも、それが自分の意思ではどうこうできない厄介な問題だと思います。
これに対して筆者は、「記憶にふたをせずあえて思い出すこと」を推奨しています。
安心できる環境で恐ろしい出来事、つまり事故やいじめ、嫌がらせや暴行などの記憶を語ることには、森に行ってもオオカミが出て来なかったのと同じ効果がある。ゆっくりと、しかし確実に、記憶から脅威が減っていく。一方で、トラウマになった記憶を封じ込めておくのは良くない。神経生物学的に考えても、記憶がいつまでも変化しないままだからだ。それでは石に刻み込まれたように残っています。(久山 2022: 65)
ここでは事故、暴力などの深刻な記憶が例に挙がっていますが、これはもっとライトな悩みにも応用できそうだと思いました。
例えば、大勢の前で話すことへの恐怖、スポーツの大会に参加した時の緊張など。
個人的な感覚としては『ブッダの獅子吼』の記事で書いた、問題をしっかりと認識して観察することに近い気がしました。

まとめ
アンデシュ・ハンセンさんの本は、あいかわらず分かりやすく学びが多かったです。
とはいえ、これらの話はまだまだ研究が足りない分野でもあると思います。
書かれている内容がある日突然ひっくり返るかもしれないし、スマホ自体に悪影響がないことが証明されるかもしれません。
運動習慣など簡単にできそうなことは実践しつつ、日々新しい情報を学び続けていこうと思いました。
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