平安貴族のプレイボーイは、ウルトラ不倫あり、結婚モラトリアムあり、ナンパあり、有名なゴシップあり、告白できなかった恋あり、妻公認の浮気あり、自然消滅あり(もう何でもあり)。恋愛のパターンは今も昔も変わらない。伊勢物語を現代語訳した著者が、脱線アリ体験談アリ個人的恋愛論アリでその面白さを伝える、ロマクチックでユーモラスなエッセイ。古典の勉強はちょっと若手、という人にもこれならきっと好きになる、恋する受験生の必読書。
俵万智 (1995) 『恋する伊勢物語』裏表紙 筑摩書房
『恋する伊勢物語』を読みました。
著者は歌人の俵万智さん、1995年に筑摩書房より発売されました。
『恋する伊勢物語』のあらすじ、内容
『伊勢物語』は平安時代(900年頃?)に成立した歌物語。1章1章が短く独立していて、登場人物は必ずしも同じではありません。話の多くは男女の恋愛模様を描いているのが大きな特徴です。そこには不倫、ナンパ、スキャンダルなど、何でもありのまさに恋の見本市。
筆者はそんな『伊勢物語』を翻訳する中で、その面白さを再確認。同時に、登場人物に一言いってやりたくなったり、話を補足したくなったり、余計なツッコミを入れたくなったり…。そういった脱線も込みで作品の面白さを伝えたくなったことが、本書を書くキッカケになったそうです。
『恋する伊勢物語』の3つのおすすめポイント
『恋する伊勢物語』のおすすめポイントは3つあります。
- 色んなパターンの恋模様が面白い
- 美しい詩歌の世界観
- 古典の読み方、楽しみ方として参考になる
色んなパターンの恋模様が面白い
本書では『伊勢物語』の中のいくつかのエピソードが解説付きで紹介されています(原文は載っていません)。
- 井戸の囲いで背比べをしていた幼馴染の男女
- 浮気した女に再会した時に歌で皮肉交じりの攻撃をする男
- 娘を玉の輿に乗せるために、娘の代わりに和歌を詠んだ母親
- 恋に飢えた老婆と若い貴族
正統派な感じからドロドロを予感させるものもあって、どれも興味深いです。エピソードは続きが気になるところで終わっていたり、事の顛末が書かれていなかったりする章が少なくありません。現代人の感覚だと違和感を感じる話もあれば、オチまで書かない方が余韻が残って味があると感じる話もあり、解釈はあくまで読み手に委ねられます。
美しい詩歌の世界観
月やあらぬ 春やむかしの 春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして
月も、春も、昔とは変わってしまった。私だけが昔のままの心を抱き続けて変わらずにいるのに。
第四段に出てくる、身分違いの恋に苦しむ男が詠んだ歌。好きになった女性が天皇の后となり、一目見ることすら難しくなった。それから一年、男はいまだ女性のことを忘れられず、季節は巡るのに自分だけは変わらず止まっているようだと詠んでいます。
現代では恋愛で「身分違い」に悩まされるケースは稀だと思いますが、叶わない恋を引きずり苦しむ気持ちは時代を問いません。こういった心理を自然や動植物に重ねて歌にする感覚には、時代を超えた普遍的な美しさがあると思います。その時代が本当に美しかったかどうかはともかく、華やかで神秘的な世界観を連想させる詩歌のパワーには驚かされますね。
古典の読み方、楽しみ方として参考になる
中学生の頃、テストの点数で毎回学年トップクラスだった友達におすすめの本を聞いたら、『源氏物語(原文)』と返ってきて驚かされたことがあります。背伸びしてカッコつけてるのではと思いつつも、彼なら本当に原文で楽しんでいるのかもしれない気もする。どこまで本気で言ってるのか分かりませんでした。
しかし今回、『恋する伊勢物語』を読んで「あの時の友人はきっと、筆者のように古典を読んでいたのではないか」と思えました。古典の世界は現代と常識や考え方が異なるし、そもそも文体が違うから意味を理解するだけでも大変です。しかし、その労力の先には、たくさんの違いの中でも共通している人間心理を読み取ったり、違いそのものを見出す楽しみがあります。
たとえば平安時代の貴族には、夫婦が別居する「通い婚」のシステムがありました。基本的に男性の訪れを待つしかない女性は、会えない時間を寂しく思ったり、別の女性のところに通っているんじゃないか、自分は飽きられたんじゃないか、などと疑心暗鬼になったりしています。そこからは結婚のシステムが今と違っても、人の心情はそう変わらないことが読み取れます。
筆者の文章からは、歌に読み込まれている心理を考えたり想像する過程そのものを楽しんでいる気持ちが、強く伝わってきます。『源氏物語』を原文で楽しんでいたらしい友人への疑問に、今になって根拠が与えられたような気がしました。
『恋する伊勢物語』の感想
「こんな授業を受けたかった!」
読み終えた時、真っ先に出てきた感想です。面白いのに、古典としての知識や情報もしっかり入ってくる。楽しいに加えて学びがあるので、娯楽としてすごく上質な気がします。
そもそも、自分がこの本を手に取ったのは『国語をめぐる冒険』がキッカケでした。
第1章で扱われていたのが『伊勢物語』の八橋の段で、これがメチャクチャ面白かったのです。『伊勢物語』をいつか原文で読みたいと思いつつ、まずはオススメ書籍に入っていた『恋する伊勢物語』から読んでみようと思ったわけです。
恋に限らず、人生には苦しいことや辛いことがたくさんあります。それらの気持ちを歌にして、表現として成立させる技術は、一つの希望だと思いました。なぜなら表現するということは、その気持ちに向き合って観察するということだから。その作業自体、非常に苦しいものですが、それこそが絶望を乗り越えていく手段だとも思うからです。





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