『あしたのジョー』『タイガーマスク』『巨人の星』など、現在でもリスペクトされ続ける名作コミックの原作者・梶原一騎。数多くの作品で読者の心をつかんだ天才は、しかしその栄光の裏で影も引きずっていた……。人間・梶原一騎に鋭く迫る、傑作ノンフィクション。
斎藤貴男(2016)『『あしたのジョー』と梶原一騎の奇跡』裏表紙 朝日文庫
今回紹介するのは、『『あしたのジョー』と梶原一騎の奇跡』。
著者はジャーナリストの斎藤貴男さん、1995年に発売された『夕やけを見ていた男 評伝梶原一騎』を、2016年に改題文庫化した作品です。
この作者にしてこの作品ありを実感できる。
数々の名作を手掛けた昭和を代表する漫画原作者・梶原一騎の評伝。
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『あしたのジョー』と梶原一騎の奇跡のあらすじ、内容
漫画『あしたのジョー』や『巨人の星』の原作者として知られる梶原一騎(本名 高森朝樹)。
映画プロデューサーに格闘技のプロモーターと幅広く活躍していながら、晩年は暴力事件をきっかけに過去の犯罪行為やスキャンダルが明るみになり、一気にどん底へと転落しました。
心機一転、再出発を誓った矢先に病気が発覚、50歳の若さでこの世を去りました。
教護院(素行不良や生活指導が必要な子どもが入る施設)で過ごした青春時代。
純文学を志しながら漫画原作者として活動していたことへのコンプレックスといら立ち。
お金に寄ってくる人間、離れていくかつての仲間、数々のスキャンダル、人間不信。
その時代時代に応じて作品に投影された心境と思想、作品誕生と制作の背景。
様々な証言や親族への綿密な取材をもとに、梶原一騎の素顔に迫っていきます。
『あしたのジョー』と梶原一騎の奇跡の3つの見どころ
『あしたのジョー』と梶原一騎の奇跡の見どころは3つあります。
①事実は小説より奇なり
②梶原の人間臭さ
③作品に込められた思い
順に説明していきましょう。
①事実は小説より奇なり
素晴らしい作品を作る芸術家には、その人自身の生涯が一つの作品のようにドラマチックなことが少なくありません。
梶原一騎さんもまさにそんな人物だと言えます。
星飛雄馬のようなド根性で成り上がって、金・酒・女に溺れて徐々に転落していく。
その背景にあるのは文学へのコンプレックスと、当時は低く見られがちだった漫画家という立場への苛立ち、生来備えていた暴力的な気質と人間不信。
純粋過ぎる性格が高じて得た栄光と、それが裏目に出てしまったがゆえの挫折だったのだと思います。
②梶原の人間臭さ
彼が起こした事件の数々を並べると、とんでもない人物であることが分かります。
酔っていたりカッとなってのことでも、それらは決して許されるものではありません。
しかし、彼の性格や置かれていた環境を考えると、許されないけど理解できてしまうような、そんな複雑な気持ちになってきます。
彼と交遊のあった人々にその人物像を尋ねると、必ずといっていいほど「少年がそのまま大人になった男」という答えが返ってくる。それは語る人と梶原の関係によって褒め言葉であったり、軽蔑のニュアンスが込められていたりするのだが、この時の笑顔は、まさしく幸福な少年のものだった。(斎藤 2016: 41)
③作品に込められた思い
梶原一騎さんは、自身の思想をダイレクトに作品のストーリーやキャラクターに投影します。
たとえば『巨人の星』の星一徹が作られた背景には、マイホームパパへの嫌悪があったようです。
「世の中は平和な、マイホーム時代になりつつありました。大泉のその家は平屋でしたが、新興住宅地でしたから、そういうご家庭ばかりだったんです。狭い庭にバラの花が目一杯咲いていて、日曜日には家族そろってお出かけ。女の私には憧れだったそんな光景が、主人にはたまらなく嫌だったようです。
ーこいつらはいったい、なぜこんな半端な毎日で満足してるんだ? いつもそんなふうに、あの人はご近所のマイホームパパたちを、詰っていました。その人たちに迷惑をかけられているわけでもないのに、まるで憎んでいるみたいに」(斎藤 2016: 182)
人間不信に陥っていた時期には作品も狂気や暴力に支配され、再起を賭けた晩年の自伝的作品『男の星座』にはまっすぐな思いが投影されています。
『男の星座』で梶原さんとタッグを組んでいた原田久仁信さんは、以下のように語っています。
「人生はどこでどうなるのかまったくわからないんだってことを、おそらく体験からなんだろうけど、よく知っている方でした。『男の星座』は、頑張れば何とかなるんだぞって読者に語りかける、人生の応援歌でもあったような気がします。分け隔てなく、いや、逆に負い目を持っている者ほど応援するという感じかな。
だから劣等生ほど、梶原ファンが多いんですよ。僕自身がそうだったから、よく分かるんです」(斎藤 2016:439)
『あしたのジョー』と梶原一騎の奇跡の感想
改題して『あしたのジョー』を前面に押し出しているのに商業的な匂いを感じますが、その効果は大きいと思いました。
かくいう自分もタイトルに引かれて本書を買った口です。
『あしたのジョー』と言えばちばてつやさんというイメージが非常に強く、世間一般でもそのように認知されているのではないでしょうか。
しかし、『あしたのジョー』を筆頭に『巨人の星』『タイガーマスク』『空手バカ一代』など、昭和を代表する数々の傑作はすべて梶原一騎さんによって作られています。
代表作を列挙すれば手塚治虫にも決して引けをとらないくらいのヒットメーカーぶり。
自分が無知なだけなのか、なぜこんな大家がこんなに知名度が低いのだろうと疑問に思いました。
本来梶原作品とは不可分の関係にある彼自身の生き様が忘れ去られ、そのキャラクターやストーリーの面白さだけが抽出された結果だろうか。
作者は忘れられ、作品だけはいつまでも残る。それでいいものもある。が、梶原一騎の作品は、そんな読まれ方をしてはならない気がする。(斎藤 2016:25)
梶原一騎はどんな人物で、何をしたのか。
数々の名作を残しながら、なぜここまで知名度が低いのか。
彼の生い立ちから始まり、だんだんと破滅へと向かっていくにつれてシリアス度は増していきます。
最終章で家族との団らんにスポットライトが当たっているのは、唯一の救いのような、後味の良さを残しています。
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