【感想/レビュー】西の魔女が死んだ

小説
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西の魔女が死んだ』を読みました。

著者は梨木香歩さん、2001年発売の新潮文庫。

中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女まいは、季節が初夏へと移り変わるひと月あまりを、西の魔女のもとで過した。西の魔女ことママのママ、つまり大好きなおばあちゃんから、まいは魔女の手ほどきを受けるのだが、魔女修行の肝心かなめは、何でも自分で決める、ということだった。喜びも希望も、もちろん幸せも……。その後のまいの物語「渡りの一日」併録

梨木香歩(2001)『西の魔女が死んだ』裏表紙 新潮社

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内容/あらすじとか

中学に馴染めず不登校になったまいが、西の魔女と呼んでいる祖母のもとで暮らした日々を描いた物語。

自然に寄り添いながら自立した生活を送る祖母のもとで、まいは魔女修行に励みます。

『西の魔女が死んだ』の感想/レビュー

再読、改めていい作品だと思いました。

庭のハーブを摘み、ジャムをつくり、シーツを足踏みで洗濯する、地に足のついた生活の描写。

幸せとは、精神を鍛えるとは、死とは、といったテーマをやさしい言葉で説くまいと祖母の対話。

作品内には終始ひだまりの中でまどろんでいるような、あたたかな空気感があります。

これらが主な内容になるので、読む人によっては退屈といえば退屈かもしれません。

 

しかし苦手な人との付き合い、大切な動物との別れ、学校でのいじめなど。

現実感のある悩みや問題も存在しており、そこにどう向き合うかがまいにとっての大きな試練となっています。

『西の魔女が死んだ』のハイライト/印象に残った箇所

切り株の一つに腰をかけると、気持ちがしんと落ち着いてきて、穏やかな平和な気分に満たされる。
若い楠や栗の木、樺の木などが回りをぐるりと囲んでおり、まいはそこに座っていると、何かとても大事な、暖かな、ふわふわとしたかわいらしいものが、そのあたりに隠れているような気がした。(梨木 2001:64)

まいにとっては、大好きな祖母の家そのものが安らぎの空間。

その家の裏山にある開けた場所は、まいが独りになってぼんやりできる特別な居場所になりました。

居心地のいい場所にずっといることはできないからこそ、いつでも心を休ませられる場を持つことは大切なことだと思います。

ありがたいことに、生まれつき意志の力が弱くても、少しずつ強くなれますよ。(中略)最初は何も変わらないように思います。そしてだんだんに疑いの心や、怠け心、あきらめ、投げやりな気持ちが出てきます。それに打ち勝って、ただ黙々と続けるのです。そうして、もう永久に何も変わらないんじゃないかと思われるころ、ようやく、以前の自分とは違う自分を発見するような出来事が起こるでしょう。そしてまた、地道な努力を続ける。退屈な日々の連続で、また、ある日突然、今までの自分とは更に違う自分を見ることになる、それの繰り返しです(梨木 2001:73)

庭は毎日変化します。そして仕事をします。私はそういう毎日のほかにどんなことも望みません。変化を前もって知ることは、私からsurpriseの楽しみを奪います。だから必要ないのです(梨木 2001:98)

西の魔女の生活を見ていると、アメリカの絵本作家ターシャ・テューダーの姿が思い浮かびます。

ターシャはバーモント州の山奥で、ほぼ自給自足の一人暮らしをしていました。

コーギー犬や鶏やヤギなどたくさんの動物に囲まれながら、広い庭に作物やハーブや花を育て、空いた時間にはのんびりとスケッチ。

自分だけの居場所を作り上げて、自立した生活を営む。

幸せは自分で創り出せるもの」というターシャの言葉が、西の魔女の教えに重なります。

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