日本語のレトリック: 文章表現の技法|ブログやSNSで使えるレトリックの教科書

日本語のレトリック言語学
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「人生は旅だ」「筆をとる」「負けるが勝ち」「一日千秋の思い」……。ちょっとした言い回しやたくみな文章表現で、読む者に強い印象を与えるレトリック。そのなかから隠喩や換喩、パロディーなど30を取り上げる。清少納言、夏目漱石から井上ひさし、宮部みゆきまで、さまざまな小説や随筆、詩を味わいながら、日本語の豊かな文章表現を学ぶ。

瀬戸賢一 (2002) 『日本語のレトリック: 文章表現の技法』裏表紙 岩波書店

今回紹介するのは岩波ジュニア新書の『日本語のレトリック: 文章表現の技法』。

著者は文学博士の瀬戸賢一さん、2002年に発売されました。

『日本語のレトリック: 文章表現の技法』はどんな本?
文章表現に幅と深みを与えてくれる本。
よりぴたりと、より説得力のある、より魅力的にするための、様々な言葉の表現パターンが学べます。

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『日本語のレトリック: 文章表現の技法』のあらすじ、内容

レトリックとは、ことばのちょっとした言い回しのこと。

著者は「あらゆる話題に対して魅力的なことばで人を説得する技術体系」と定義しています。

『日本語のレトリック』では、日常の様々なシーン(会話、メディア、小説、宣伝)で使われているレトリックを、30項目に分けて解説しています。

 

ex.
宿題の山」⇒抽象的な対象を具体的なものに見立てる隠喩いんゆ
ちょっと話がある」⇒表現の程度を控えることによって、かえって強い意味を示す緩叙法かんじょほう
化粧室」⇒直接言いにくい言葉を口当たりよく表現する婉曲法えんきょくほう

 

具体例の文章は清少納言に鴨長明、筒井康隆に宮部みゆきなど多種多様。

古今の名文を存分に堪能しながら、そこに使われているレトリックを読み解くことで、言葉の可能性と面白さを再確認できます。

『日本語のレトリック: 文章表現の技法』で学んだ3つのポイント

『日本語のレトリック』で学んだことは3つあります。

①表現力と説得力は両立する
②レトリックは思考を深め、広げてくれる
③人は言葉で飛躍する

順に詳しく説明していきましょう。

①表現力と説得力は両立する

こうしてブログを書いていると「ブログ向けの文章の型」が自然と身についてきます。

たとえば、一文は短く書く、結論から先に書く、要点は箇条書きにする、などのちょっとしたテクニック。

ブログには「徹底的に無駄を削いで、必要な情報だけを伝えていく」という効率主義の面があるんですね(自分ができているかはさておき)。

 

それでは、レトリックとブログの文章は相容れないのでしょうか。

答えは否。

なぜならレトリックには、文章を飾り立てるだけでなく「より適切な表現」を求める目的もあるからです。

適切な表現で彩られた文章が、機械的に要点を並べた文章よりも説得力を持つことは、決して珍しいことではありません。

つまり、表現力と説得力は両立するのです。

 

ゆくかわながれはえずして、しかももとのみずにあらず。よどみにかぶうたかたは、かつえかつむすびて、ひさしくとどまりたるためしなし。世中よのなかにあるひとすみかと、またかくのごとし。

訳:河の流れは絶えないが、もとの水ではない。よどみに浮かぶあぶくは消えては生まれ、ずっととどまることはない。世の中の人と家もまたこれと同じである。

こちらは鴨長明の書いた『方丈記』の冒頭文。

この文章はただ河の話をしているわけではなく、河とあぶくを「人生」に喩えています。

「人生」のような抽象的なテーマを扱う時、喩えを使わずに話を進めるのは難しいです。

人生は山あり谷ありの「険しい道」だ!

人生は強風や高波にあおられる「嵐の航海」よ!

このように、回りくどくなっても表現を工夫することで、分かりやすさへの近道になることもあります。

簡潔に!端的に!は前提として必要かもしれませんが、もう一歩先に進むためにはより魅力的な表現を探す遊び心も必要。

文章は「急がば回れ」なのです。

②レトリックは思考を深め、広げてくれる

「急がば回れ」はことわざですが、「逆説法」というレトリックに分類できます。

一般に真実だと想定されていることの逆を述べて、そこにも真実が含まれていることを伝える表現法。(瀬戸 2002: 204)

「急がば回れ」に対して「早い者勝ち」なんて言葉があるのが面白いところ。

物事を両面から見たり、時と場合によって都合よく解釈するのは、すごく前向きな考え方ですよね。

レトリックは単なる表現手段ではなく、思考を広げたり深めたりするキッカケにもなるのです。

逆説は、考えるきっかけを与えてくれます。世界をさかさまに見ることによって、常識の側からは見えないもうひとつの「真実」を示してくれます。…(中略)…正説と逆説がぶつかりあうことによって、考えが深まります。第三の、より優れた考えが生まれることがあるでしょう。逆説が退いて、正説がそのまま残ることもあるでしょう。しかし、そのときの正説は、いったん逆説との対決をくぐり抜けたぶん、より確かな正説となっているのです。(瀬戸 2002: 148)

③人は言葉で飛躍する

想像力の素晴らしさは、際限なく飛躍できるところにあります。

そんな想像力を存分に活かせるのが、言葉でありレトリックであると思いました。

ちからをもれずして天地あめつちうごかし、えぬ鬼神おにがみをもあはれとおもはせ、男女おとこおんななかをもやわらげ、たけ武士もののふこころをもなぐさむるは、うたなり。

訳:力を入れずに天地を動かし、目に見えない神や霊魂をもしみじみと感動させ、男女の仲ですら取り持ち、勇猛な武士の心をも和らげるのが、歌である。

こちらは平安時代前期の900年頃に作られた『古今和歌集』の仮名序(序文)。

本書では紹介されていませんが、言葉の持つ力と可能性を信じていることが伝わってくる名文です。

実際に翼を持たなくとも、表現次第でいくらでも飛躍できることを昔の人はわかっていたんですね。

事実、ことばには翼があると考えていいでしょう。私たちのからだは地上に縛られていますが、ことばは大空を飛翔できます。(瀬戸 2002: 170)

『日本語のレトリック: 文章表現の技法』の感想

『日本語のレトリック』で紹介される30のテクニックは、そのほとんどが「ああ、これね」と思えるものばかりです。

ただ、それらを理解して使っていたかと聞かれたら…苦笑いしか出てきません。

自分はレトリックをなんとなく、自然と、適当に使っていました。

 

そうやってメチャクチャに振り回していた言葉に与えられた気づき。

包丁もノコギリもなんとなくで使えるけど、正しい使い方に気づくことには大きな意味があります。

同じように、なんとなく使っていたレトリックも一度整理して見直すことで、言葉への意識が変わった実感があります。

 

ただ、「知ってる」と「使える」はまったくの別物。

レトリックを意識的に、かつ巧みに利用するには経験とセンスが必要だと思いました。

半端に知った状態でこれみよがしに使えば、痛々しい文章になるのは必至でしょう。

しかし、使わなければ覚えないというジレンマもあるので、恥を覚悟して意識的にレトリックを使っていこうと思いました。

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