飛ぶ教室|かつて子どもだった大人と、これから大人になる子どもへ

岩波少年文庫
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ボクサー志望のマッツ、貧しくも秀才なマルティン、おくびょうなウーリ、詩人ジョニー、クールなゼバスティアーン。個性ゆたかな少年たちそれぞれの悩み、悲しみ、そしてあこがれ。寄宿舎学校に涙と笑いのクリスマスがやってきます。

ケストナー・ E(2006)『飛ぶ教室』(池田香代子 訳) 裏表紙 岩波書店

今回紹介するのは『飛ぶ教室』。

1933年にケストナー・Eによって書かれ、2006年に池田香代子が翻訳、岩波少年文庫として発売されました。

【どんな本?】
主人公はドイツのギムナジウム(中高一貫校的な寄宿学校)で生活する生徒たち。
クリスマス休暇前に起こった、大小さまざまな出来事を描いた物語。

【こんな人にオススメ】
・青春時代にとらわれている人
・子どもの頃を忘れてしまった人
・今辛い悩みを抱えている中高生

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『飛ぶ教室』のあらすじ、内容

10歳から18歳までの子どもが通うギムナジウム。

主人公はそこの寄宿舎で生活している、個性的な5人の生徒です。

 

皆のまとめ役で成績ナンバーワンのマルティン

詩や小説を書くのが好きなジョニー

クールで賢いゼバスティアーン

腕っぷしが強くボクサー志望のマティアス

小柄で臆病なウーリ

 

少年たちは様々な経験の中で悩み苦しみ、そして成長していきます。

『飛ぶ教室』で印象に残った箇所

『飛ぶ教室』で印象に残った箇所は3つあります。

①ごまかすな、ごまかされるな
②たいせつなことは何?
③子どもの頃を忘れるな

順に詳しく説明していきます。

①ごまかすな、ごまかされるな

生きることのきびしさは、お金をかせぐようになると始まるのではない。お金をかせぐことで始まって、それがなんとかなれば終わるものでもない(池田 2006: 23)

まえがきでは作者のケストナーから読者に向けて、強いメッセージが書かれています。

それは、子どもの頃のことを忘れないで欲しいということです。

楽しいだけでなく、悲しいことや惨めなこともたくさんあったということ。

それらに目を向けて、知恵と勇気をもって立ち向かって欲しいということ。

 

作中に出てくる人物たちも、それぞれが自分だけの悩みを抱えています。

一人で考えたり、友達や先生を頼ったり、真剣に問題に向き合う生徒たちの姿が印象に残りました。

ただ、ごまかさないでほしい、そしてごまかされないでほしいのだ。不運はしっかり目をひらいて見つめることを、学んでほしい。うまくいかないことがあっても、おたおたしないでほしい。しくじっても、しゅんとならないでほしい。へこたれないでくれ!くじけない心をもってくれ!(池田 2006: 24)

②たいせつなことは何?

とにかく、世間には僕みたいな生き方の人間がすくなすぎるんだよ。もちろん、みんながいかがわしい酒場のピアノ弾きになれと言ってるんじゃない。ぼくが願っているのは、なにがたいせつかということに思いをめぐらす時間をもつ人間が、もっとふえるといいということだ。金も地位も名声も、しょせん子どもじみたことだ。おもちゃだ。それ以上じゃない。(池田 2006: 180)

禁煙と書かれた廃車両で暮らしている禁煙さんは、町外れの酒場でピアノを弾いて生計を立てています。

そんな生活を知った正義さんことヨハン・ベク先生は、禁煙さんにギムナジウムの医務官というポストを用意して、「本来の君らしい生活」をするよう促しました。

それに対して禁煙さんは提案を辞退しつつ、上記のように返答しました。

③子どもの頃のことを忘れないでほしい

ヨーハン・ベク、つまりきみたちの正義さんとわたしは、たくさんのことを学んだ。この学校の机で、そして外の人生で。けれど、わたしたちはなにひとつ忘れてはいない。わたしたちは、少年時代を記憶の中にいきいきととどめている。そして、それこそがいちばんたいせつなのだ。(池田 2006: 202-203)

物語はこれから大人になる少年たちと、かつて少年だった大人たちの二つの視点で描かれています。

ヨハン・ベク先生と禁煙さんは、自分たちが少年だった頃をしっかりと覚えている大人。

だからこそ、生徒たちの悩みや悲しみに寄り添える優しさを持っていて、生徒からの尊敬を集めています。

いちばんたいせつなことを忘れないでほしい。過ぎ去ってほしくないいまこのとき、きみたちにお願いする。子どものころのことを忘れないでほしい。きみたちはまだ子どもだから、いまそんなことを言われても、よけいなことのように聞こえるかもしれない。でも、これはけっしてよけいなことではないのだ。わたしたちの言うことを信じてほしい。わたしたちは年をとった。でも、若さは失っていない。(池田 2006: 203)

『飛ぶ教室』の感想

①まえがきが熱い

『飛ぶ教室』のまえがきには鬼気迫るような強いメッセージ性があります。

作品で伝えたいことを、ほとんどまえがきで書いてしまっていると言っても過言ではありません。

ごまかさないでほしい、そしてごまかされないでほしい」という部分は子どもにも、そして大人にも向けられているように感じました。

 

辛いことや悲しいことがあった時、問題にしっかり向き合えたなら、結果がどうであれ大きな成長があると思います。

子どもの頃の自分は、自分に向き合うことも、自分を取り巻く環境に向き合うことからも逃げて、殻に閉じこもっていました。

部屋にはゲームやネットなどが揃っており、考えることから逃げるのが容易だったのは、あまり良くない環境だったかもしれません。

②子ども時代のリアルな心理描写

繰り返し書かれている「子どもの頃のことを忘れないでほしい」というメッセージ。

再三に渡って書くだけあって、ケストナー自身が子どもの心を忘れていない大人であることがよく分かりました。

 

実際、作中には自分の少年時代を思い出すような場面がいくつもありました。

それは決して悩みのシーンばかりではありません。

たとえば、クリスマス休暇前の授業の様子は秀逸です。

みんな、体育館でひらかれるクリスマス集会が楽しみだ。その翌日の鉄道の旅が楽しみだ。家で待っているプレゼントが楽しみだ。両親やきょうだいにもっていくプレゼントが楽しみだ。みんなは楽しみで楽しみで、うちょうてんのあまり、よほど気持ちをはりつめていなければ、授業のさいちゅうに机の上にとびのって、踊りだしかねなかった。(池田 2006: 186-187)

「明日から冬休み」の日の授業がぜんぜん頭に入ってこなかったこと。

終業式が行われた体育館の床が冷たかったこと。

賢い子は防災頭巾を座布団にしていたこと。

校長の話を「早く終われ」と思いながら聞き流していたこと。

重い荷物を持って足早に帰ったこと、帰ったらすぐに友達と遊ぶ約束をしていたことなど。

自分が子どもの頃の冬休み前の出来事や気持ちを、ぶわっと想起させるケストナーの文章力に驚かされました。

③読後感がすばらしい

作中では解決していない問題や悩みもあります。

少年たちには、これからも辛いことや悲しいことが待ち受けているであろうことも予想できます。

しかし、物語はいったんハッピーエンドで終わっています。

 

困難に直面してもくじけずに向き合う心を持っていること。

信頼できる友達や大人が周りにいること。

彼らならきっと大丈夫だと思えることが、爽やかな読後感に繋がっているのかもしれません。

まとめ

飛ぶ教室」とは、クリスマス休暇前に5人が上演する創作劇の題名。

文字通り空を飛ぶ教室で、色んな国に行って授業を受けるという夢のある内容になっています。

それは、あらゆる出来事や経験が自分を成長させてくれる授業になるという、作品全体への隠喩になっているように感じました。

他者への敬意と思いやり、困難に向き合う勇気と知恵、友情や愛情の大切さ。

多くのシーンにメッセージが内包されているので、読む人によって刺さる箇所が異なると思います。

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