悩む力|悩むことで内面は充実する

悩む力新書
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情報ネットワークや市場経済圏の拡大にともなう猛烈な変化に対して、多くの人々がストレスを感じている。格差は広がり、自殺者も増加の一途を辿る中、自己肯定もできず、楽観的にもなれず、スピリチュアルな世界にも逃げ込めない人たちは、どう生きれば良いのだろうか?本書では、こうした苦しみを百年前に直視した夏目漱石とマックス・ウェーバーをヒントに、最後まで「悩み」を手放すことなく真の強さを掴み取る生き方を提唱する。現代を代表する政治学者の学識と経験が生んだ珠玉の一冊。生まじめで不器用な心に宿る無限の可能性とは?

姜尚中 (2008) 『悩む力』カバー袖 集英社

今回紹介するのは『悩む力』。

著者は政治学者の姜尚中かんさんじゅんさん、2008年に集英社より発売されました。

【どんな本?】
人生で直面する様々な「悩み」にどう向き合うかを、夏目漱石とマックス・ウェーバーを参考にしながら解き明かしていく本。

【こんな人にオススメ】
・落ち込みやすくネガティブな人
・自己肯定感が低い人
・生きることが辛くて苦しいと感じている人

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『悩む力』のあらすじ、内容

悩みというものは、時代や環境によって異なります。

現代が抱えているのは速すぎる変化とそれによる孤独感の増長という悩み。

これは夏目漱石マックス・ウェーバーが生きた時代(19世紀終わり頃から20世紀初め頃)によく似ています。

 

彼らは変化する時代の中で真剣に悩み苦しみました。

悩むことはただの苦しみでしかなかったのでしょうか。

答えはNO、悩むことには生きる意味への意志が宿っています。

本書は現代人が抱える自我、お金、知性、青春、信仰、労働、愛、死の悩みについて、夏目漱石とマックス・ウェーバーを参考にしながら考えていきます。

『悩む力』で印象に残った箇所

『悩む力』で印象に残った箇所は3つありました。

①自我は他者との関係の中で成立する
②青春は美しいだけではない
③自分で悩み、意味を考えていくことが大切

順に詳しく説明していきます。

①自我は他者との関係の中で成立する

自我というのは自尊心でもあり、エゴでもありますから、自分を主張したい、守りたい、あるいは否定されたくないという気持ちが強く起こります。しかし、他者の方にも同じように自我があって、やはり、主張したい、守りたい、あるいは否定されたくないのです(姜 2008: 36)

近代以降の科学主義、合理主義、個人主義は、伝統、慣習、信仰などに守られていた個人を剥き出しにして孤独化させました。

そうして社会から切り離された自我は、存在意義を保とうとして肥大化します。

しかし皮肉にも、自我が肥大化するほど他者との折り合いはつかなくなります。

 

自我との向き合い方は人それぞれ。

しかし、表面上だけ上手くやり取りをする、自分の殻にこもる、自我を止めないといった方法について、筆者はカール・ヤスパース(ドイツの哲学者)の言葉を引用して無駄であると説いています。

ヤスパースはウェーバーに私淑していました。その彼がこう言ったのです。
「自分の城」を築こうとする者は必ず破滅するーと(姜 2008: 37)

②青春は美しいだけではない

もし、青春というのものが、走りまわって汗を流し、はじけるように笑い、肉体の若さを謳歌するだけのものであるとしたら、私の青春はまったく違っていたと思います。第一章でもお話ししましたが、その時期の私は悩みの底に沈滞していて、答えの出ない問いにもがき苦しんでいたからです。「溌剌はつらつ」という形容からは程遠く、煩悶することばかりだったような気がします(姜 2008: 83-84)

自我の悩みに苦しみ、若さを謳歌する青春がなかったと述べる筆者。

しかし自身と同じようにもがきながら、「どう生きるか」を問い続けたウェーバーの知への渇望に大きな共感を抱いたそうです。

 

そんな筆者にとっての青春とは、無垢なまでに物事の意味を問う、自分の中の「知りたい」に素直に従える力のこと。

他人と浅く無難に繋がるくらいなら、引きこもって本を読む、一人で悶々と悩む、そんな時間があってもいいのではないかと筆者は述べます。

③自分で悩み、意味を考えていくことが大切

意識していようといまいと、人は信ずるところのものから、ものごとの意味を供給されます。意味をつかめていないと、人は生きていけません(姜 2008: 106-107)

宗教は元々、個人が信じるものではなく、個人が所属している集団が信じるものでした。

生活に根付き人生と一体化しているので、「自分は何を信じたらいいのか」という問い自体が生まれなかったのです。

 

しかし、現代は何を考えて何を信じるかの自由は個人に委ねられています。

それゆえに人生で起こる一つ一つの出来事の意味を自分で考えなければいけません。

つまり信じる自由というのは、究極的には自分を信じることと同じです。

そして、自分で悩みながら考えることは辛く苦しい道のりでもあるのです。

『悩む力』の感想

①筆者の青春観に共感できる

優しい両親の元で何不自由なく育った筆者は、幼い頃は明るく元気な性格だったそうです。

しかし、17歳で自我に目覚めてからは人生に悩み、吃音に苦しみ、内省的で人見知りをする性格になってしまったそうです。

 

筆者のように思春期頃から性格が変わったり、上手く人と付き合えなくなってしまう人は多いと思います。

実際に自分もそうでした。

被害妄想に似た思い込みだったかもしれませんが、小学5年生くらいから孤独を感じるようになり、中学に入る頃にはすっかり内向的な性格になっていました。

自我を守りたい、主張したいという気持ちに加えて、否定されたくもないという気持ちから、「他者に自分の素顔を見せない」という防衛行動を無意識にとっていたのだと思います。

 

他者と関わろうとしなければ、極端に傷つけられることもなければ、理解されることもありません。

しかし、他者からの理解が得られないことで自我は肥大化して、さらに自分の殻にこもっていきます。

そして他者と「関わらない」でなく「関われない」になっていると気づいた時には、自分の意志での修正が困難になっていたのです。

②「自由」は難易度の高い環境

何を考え、何を信じるか。

何でも自由という環境は人によっては大きな負担になります。

分からないことへの不安や恐怖に対して宗教が1つの答えになったように、簡単に答えの出せない人生の悩み事に「絶対的な価値観」を求めたくなる気持ちはよく分かります。

現代でも怪しい宗教やスピリチュアルな考え方が流行る背景には、「自由からの逃避」があるからではないでしょうか。

不自由だからこそ、見えていたものがあった。自由になったから、見えにくくなったものがある。これは恋愛に限らないことですが、自由の逆説と言えるのかもしれません。(姜 2008: 136)

③与えられた答えを自分のものにする

終章で筆者は、最初から横着することを戒めつつ「まじめに考え抜いた果てに突き抜ける」ことの大切さを説いています。

しかし、現代では最初から「答え」を見てしまうような、ファストコンテンツの波が様々な分野に押し寄せているように感じます。

たとえば本の要点だけを分かりやすくまとめたコンテンツを見るのは非常に効率的です。

しかし、それで得た知識は1日も経たないうちに、よそよそしく他人のように頭から離れていきます。

 

結局のところ、そこにたどり着くまでのプロセスをすっ飛ばして答えだけ見ても、その重要さを真には理解できないのでしょう(その意味で言うなら熟読したとて完璧とは言えない)。

簡単に得られた知識や答えを「他人」から「身内」にするには、自身の体験や実践を通して、また自分で悩み考える必要があるのだと思います。

宮沢清六さんの著書『兄のトランク』に似た内容が書かれていたことを思い出しました。

私はレコードの音楽についても、詩や童話についても、沢山聞かねばならないことがあったのですが、質問もしないでしまい、また話してもくれなかったのです。

これは今考えますとむしろ実にいいことだったと思うのです。私が沢山の大切なことまでも、他人が苦労して得た答えを鵜呑みにして、ダイジェストや虎の巻で間に合わせ、「結論」と「答え」だけを知ってしまい、その方程式や道程を自分で考えないことの習性に陥らないために、ありがたいことだったと思います。

宮沢清六(1991年) 『兄のトランク』60 筑摩書房

まとめ

本書は悩みに対する答えはくれません。

それは悪い意味ではなく、「自分で悩み考えることの重要性」を教えてくれるという意味での答えにはなっています。

 

無心で信仰にすべてを委ねることができず、悩みに個々で向かい合っていくしかないのは現代人の宿命でしょう。

しかし、自分一人で悩みながら考えるのはやはり負担が大きいと思います。

本書が与えてくれるのは、そんな負担を軽くしてくれるような「悩み方」のパターンでした。

自分が人生で抱える悩みは、ほとんどの場合、先人たちが過去に考え尽くしてくれています。

夏目漱石とマックスウェーバーが、そして筆者が悩みに対してどんな答えを出しているか、自分が悩む時の考え方の基準や参考例にすることで、いくらか気持ちが楽になりました。

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