世界は経営でできている|人生を経営するための爆笑エッセイ!?【感想/レビュー】

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世界は経営でできている』を読みました。

著者は岩尾俊兵さん、発売は2024年、講談社から。

結論を先取りすれば、本来の経営は価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」だ。
この経営概念の下では誰もが人生を経営する当事者となる。
幸せを求めない人間も、生まれてから死ぬまで一切他社と関わらない人間も存在しないからだ。他者から何かを奪って自分だけに幸せになることも、自分を疲弊させながら他者のために生きるのも、どちらも間違いである。「倫」理的な間違いではなく、「論」理的な間違いだ。

岩尾俊兵(2024)『世界は経営でできている』カバー袖 講談社

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内容/あらすじとか

最初に、企業経営やお金儲けのビジネス本ではありません。

誰もが人生の経営者なのに、誤った経営概念を持っているために様々な不合理・不条理が生まれている。

人生が経営であることに気づき誤った経営概念を正さないことには、個人も社会も幸福にはならない。

そのことを前提に仕事、恋愛、勉強、健康など、人生の様々なテーマを経営の概念で解説したエッセイ本です。

 

ここでの経営とは「自分と他者の幸福」を究極の目的として、手段が目的にどう役立つかを考え、問題や対立を解消して豊かな共同体を作ることを指します。

人生の不合理・不条理の多くは目的と手段を履き違えたり、利己的に考えるといった経営のミスから起こります。

「幸福」は誰にとっても究極の目的であり、誰もが人と関わりながら生きている以上、自分を含め犠牲者が出るような生き方は論理的に間違っているのです。

『世界は経営でできている』の感想/レビュー

概要だけ読むと難しそうに見えますが、本文はかなりくだけた調子で書かれています。

本書で取り上げられるのは、誰もがどこかで見かけたことのあるような「あるある」な人たち。

その中には「これは自分だ!」と言いたくなるような人も一人は出てくるでしょう。

  • ホテル併設のカフェでマウンティング合戦を行う人たち
  • 知名度や年収だけを気にして就職活動に失敗する学生
  • 真理の探求よりも一流学術雑誌に掲載されることが目的になってしまった科学者 etc

しかしその内容は面白いだけでなく、物事の考え方として参考になります。

本書から学ぶべきは「こういう場面でこうすべき」という答えでもなければ、「こんな人いるよね」と嘲笑うことでもなく、正しい経営概念を取り戻すことの大切さ。

 

ただ、普段からケースバイケースで経営視点の考えを巡らすことはかなり難しそうです。

自分がやっていること、考えていること、組織や家庭、友人間で起こっていることを意識的に認識できなければ、本質や目的を省みることにも意識が向かないからです。

それは不合理・不条理を起こしている人も、巻き込まれている人も自覚がないケースが多いということ。

本書で紹介されている人たちのように、自分もまた大真面目に滑稽を演じているピエロなのかもしれません。

 

この状態を脱するための方法を自分なりに考えてみました。

まず人生で起こっている問題を問題と認識できなければ話にならないので、定期的に自分と自分のいる環境を省みる(疑ってみる)こと。

問題を問題と認識するには普段からの瞑想トレーニングが役立ちそうです。

問題解決にあたり目指す方向は、常に「自分と他者の幸福」(自分だけでないのがミソ)。

そして大事なのは手段そのものでなく「目的への働き」に着目すること。

人生を経営することと『武器としての決断思考』は親和性が高そうです。

軽いノリで進むエッセイも後半に入ると、熱を帯びた真面目なトーンになっていきます。

そのギャップはさながら冴羽リョウかルパン、はたまた銀さんか。

奪い合いの競争から価値の共創にシフトするという考え方には全面同意です。

『世界は経営でできている』のハイライト/付箋/印象に残った箇所

友情とは相手の中に自分の分身を見つけ、自分の分身を愛することを通じて、自己愛から他己愛へと至る感情なのである(岩尾 2024:79)

プロセスに気をとられると目的への満足解ではなく最適解を求めすぎてしまい、それがまた心労を生み出す。
しかも日常生活で我々は最適解など求めていないし、そもそも最適解を求めるとかえって馬鹿なことになる。最適解など現実には存在しないと割り切る方が合理的だ。(中略)何か気になることがあっても、周囲が最適な行動をとっていないように思えたとしても「そもそものゴールに到達できるのならば別にいい」と吹っ切ってしまうのである。そして、「ゴールに到達できない可能性がある場合だけ、自分からアクションを起こせばいい」とあらかじめ決めておけば、意識すべき対象が絞られ、気も楽になり成果も出やすくなるだろう(岩尾 2024:85-87)

何かを有限だと思う気持ちは常にそれを失う恐怖と隣り合わせだ。
金銭も、時間も、関係性も、勉強法も、問題解決も「人生において価値あるものはすべて誰かがすでに作ったもので、有限にしか存在しない」という既成概念に取り付かれると、限りあるものを守るための短期的で局所的な思考/志向に支配されるのである(岩尾 2024:197)

価値有限の言説を得意げに吹聴する人も、価値あるものは無限に創り出せるのに、自分には無理だと思い込んでいるだけだ。だが、人間を捨ててはいけないが、思考は捨てられる。
本当は、価値は無限に創造できる。
そして価値が無限に創造できるものならば、他者は奪い合いの相手ではなく、価値の創り合いの仲間になれるのだ(岩尾 2024:203)

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